人種主義と戦う科学雑誌『ネイチャー』
Nature, a scientific journal that fights
racism
解説:池田光穂
●(Nature, EDITORIAL 19 OCTOBER 2022)
人種主義に終止符を打つことが科学向上の決め手(Nature,
EDITORIAL 19 OCTOBER 2022) この特別号は、困難な状況にある「科学」という船からの「瓶入りのメッセージ」です。この瓶をどうか見つけて瓶を開け、メッセージの内容に基づいて行動し てください。 1768年、英国王立学会は、金星の太陽面通過を観測するために調査船エンデバー号をタヒチ島へ航行させました。実は後の研究で、英国政府と王立学会には もう1つ目的があったと分かりました。ジェームズ・クック船長は、航海を続けて、オーストラリアとニュージーランドの植民地支配のきっかけをつかむという 秘密指令を受けていました。 人種主義的搾取を受けた人々が存在したから科学的活動が存在できたという事例はまだあります。相関、平均値への回帰といった統計的概念は、既に信用を失っ た優生学に由来します。優生学は、選択交配によって人類を「改良」するという科学でした。科学の歴史は、人種主義と植民地建設と絡み合っています。この真 実は2020年6月にNatureなどの科学雑誌で再記述されましたが、そのためにさらに1人の黒人男性ジョージ・フロイドが警察の手で殺される必要はな かったはずです。 厳密で権威があり、誠実であるべき科学とは、それまでにあったことも受け入れて行われる 私たち4人は、1年以上前にNatureの要請を受けて、科学における人種主義に関する特別号(2022年10月20日号)を主導する客員編集者となるこ とに同意しました。私たちは完全に編集の自由を与えられ、2022年6月にNature史上初の社外執筆者による署名入り社説を執筆し、同誌への関与を発 表しました。特別号において読者の皆さまが読み、聴き、見ることのできるコンテンツは、私たち4人と編集、アート・デザイン、エンゲージメント、マルチメ ディア、制作、管理、コミュニケーションの各チームと、委嘱執筆者との集中的な共同作業の成果です。 アフリカとのつながり 私たち1人1人は、黒人や先住民をはじめとする歴史的に疎外されてきたコミュニティー出身の人々が科学や工学の分野で直面した「差別」を嫌というほど知っ ています。しかし、人種主義は人命の価値を貶めるため、権力者は不公平な扱いが存在していることを認識できない場合が多いのです。今後も職場では、私たち の多くは、自分たちが感じる恐怖やフラストレーションをあまり表に出しませんし、そのことについての発言には慎重になることでしょう。そうした中、発言す ることを選んだ5人の勇敢な証言を、Feature記事(Nature 2022年10月20日号434ページ)で垣間見ることができます。その5人とは、外科医のナディーン・キャロン(Nadine Caron)、地球科学者のマーサ・ギルモア(Martha Gilmore)、地学者のクリストファー・ジャクソン(Christopher Jackson)、保健研究者のチェルシー・ワテゴ(Chelsea Watego)と小児科医のナディア・サム-アグデュ(Nadia Sam-Agudu)です。 客員編集者の1人1人は、アフリカとつながりがあります。2人の客員編集者(ウォーマックとノーブルズ)にとってアフリカ大陸は、祖先とのつながりを暴力 的に断たれた場所です。欧州の諸帝国の後ろ盾により大西洋横断の奴隷貿易が行われた結果、祖先がアフリカのどの地域のどの村や町から連れてこられたかを我 々が知ることは、ほぼ不可能になりました。自分が誰で、どこから来たかも分からないなんて、大部分の人には想像もつかないことかもしれませんが、これこそ 我々数百万人が生きてきた現実です。この悲劇は、我々が教育と科学から制度的に排除されたことでさらに深刻化しました。それにもかかわらず、かつて米国で 奴隷にされ、学習の権利を否定された人々は、完全に独立した教育機関を構築する責任を自ら引き受け、それを実現しました。その背景には、知識への渇望が あったのです。現在、米国には古くからの黒人大学が約100校あり、約30万人の学生を教育しています。 2人の客員編集者(ウォンカムとワトゥティ)にとって奴隷制度と帝国は、我々の行為主体性や学問の伝統、学識、歴史を奪い去った存在です。産業革命後にも たらされた科学と技術には、かつて奴隷だった人々や旧植民地の人々が関わる余地がほとんどありませんでした。その一方で、植民地支配した国々の科学者たち は、我々の伝統、知識、天然資源をもとに研究を行い、技術革新を図ったのです。 それに、産業革命自体が不平等な世界を作り出しました。産業革命は、これまでの温室効果ガス排出の主たる原因であり、温室効果ガスの排出は、旧植民地諸国 の人々の生命と生活を破壊しています。 科学のカリキュラムや研究機関と大学が、脱植民地化の数々のプロセスを経ることが重要 厳密で権威があり、(率直に言わせてもらえば)誠実であるべき科学とは、何があったかを調べて発展を図るだけでなく、それまでにあったことも受け入れて行 われる研究のことだと、Natureの読者の皆さまはご存じのことと思います。しかし、科学の教科書や、研究論文の著者リストや参考文献リストに、黒人や 先住民をはじめとする疎外されてきた人々が記載されない状態が、あまりにも長い間続きました。そのため、科学のカリキュラムや研究機関と大学が脱植民地化 というプロセスを経ることが非常に重要なのです(2022年10月20日号593ページ)。このプロセスは、政治的な行為でもイデオロギー的な行為でもな く、科学そのものの一部であり、真実を追求する科学の自己修正機構の一例です。 それと同時に科学は、新しい声や新しい視点を取り込むこと、そして黒人や先住民などの歴史的に疎外されてきたコミュニティー出身の人々と真に協力して活動 することに対して、開かれたものにならなければなりません。1つのストーリー、1つの説明、1つの視点にとらわれない空間が必要なのです。それが十分に認 識されれば、科学的想像力はさらに開かれ、人種主義によって人命の価値が貶められることは、最終的に根絶へと向かうでしょう。 この特別号の制作舞台裏での活動は、私たちにとって新しい経験であり、啓発的な経験でした。私たち4人は、自分自身の声で、自分自身の経験に基づいて、ま とまって発言する機会を得られたことに感謝しています。この経験は私たちに力を与えるものであり、この経験を具体的な成果につなげていきたいと考えていま す。特別号の制作過程を通じて、私たち4人とNatureに委嘱された執筆者たちは、科学の制度(研究者、大学、研究助成団体、政策立案者、出版社)が研 究の脱植民地化の必要性を受け入れ、修復的正義と和解に向けて取り組むことを期待して、自らの専門知識と現実の経験を持ち寄りました。 特別号は、私たち4人が瓶に託したメッセージです。私たちは、より広範な研究コミュニティーとさらに多くの学術誌や出版社が私たちのメッセージに気付き、 その内容を引き出し、Natureと力を合わせて統合的なプラットフォームを構築し、その力を利用して、より多様な声を取り上げることを期待しています。 私たちは、自らの役割を果たす準備ができています。特別号は、この瓶入りメッセージにとっての旅の始まりでなければならず、最終目的地となってはならない のです。 翻訳:菊川要 Nature ダイジェスト Vol. 20 No. 1 DOI: 10.1038/ndigest.2023.230105 |
遺骨返還にかかわる市民との対話のプロセスのなかで、期せずして、自分のたちの学問が、これまでの日本の科学的レイシズム(人種主義)をひょっとしたら学問的に支えていたのではないか?と自覚しつつある人類学者の人の良心に訴えます。ネイチャーのこのエディトリアルの、意見は、海の向こうの嵐なのか?それとも日本でもすでに暴風雨は襲来しているのでしょうか?
つづきは「科学人種主義(→科学が正当化する人種差別主義)」でどうぞ!!
人種主義に対する科学的な批判
ナチスドイツの人種主義政策
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(1935)
(German: Nürnberger Gesetze) were antisemitic and racist laws in Nazi Germany.みんな同じという「イデオロギー」・イメージ(現代)